WORLD HERITAGE OF MEXICO |
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メキシコの世界遺産 |
メキシコの世界遺産は、1987年にテオティワカン古代都市やオアハカ歴史地区など6件が初めて登録されて以来、2008年までに29件が登録されており、ラテンアメリカで最も世界遺産が多い国である。 また世界の遺跡保有国は、世界125ヵ国を数えるが、遺跡数の多さはメキシコはトップ10に入る。 メキシコは素晴らしい世界遺産にも恵まれた魅力的な国と言える。 |
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No. |
世界遺産名 |
登録年 |
No. |
世界遺産名 |
登録年 |
| シアン・カーン | 1987 |
ケレタロの文化財地帯 | 1996 |
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| 古代都市パレンケと国立公園 | 1987 |
グアダラハラのカバーニャス孤児院 | 1997 |
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| メキシコ・シティ歴史地区とソチミルコ | 1987 |
パキメの遺跡 カサス・グランデス | 1998 |
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| 古代都市テオティワカン | 1987 |
トゥラコタルパンの歴史的建造物地帯 | 1998 |
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| オアハカ歴史地区とモンテアルバン遺跡 | 1987 |
ソチカルコの古代遺跡地帯 | 1999 |
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| プエブラ歴史地区 | 1987 |
カンペチェ歴史的要塞都市 | 1999 |
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| 古都グアナフアトと近隣の鉱山群 | 1988 |
カラクムルの古代マヤ都市遺跡 | 2002 |
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| 古代都市チチェン・イツァ | 1988 |
ケレタロのシエラ・ゴルダのフランシスコ修道院群 | 2003 |
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| モレリア歴史地区 | 1991 |
ルイス・バラガン邸とアトリエ | 2004 |
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| 古代都市エル・タヒン | 1992 |
カルフォルニア湾の島々と保護地区 | 2005 |
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| エル・ビスカイノのクジラ保護区 | 1993 |
アガベの景観とテキーラの古代産業設備 | 2006 |
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| サカテカス歴史地区 | 1993 |
メキシコ国立自治大学都市 | 2007 |
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| シエラ・デ・サンフランシスコの岩絵 | 1993 |
モナルカ蝶の聖域 | 2008 |
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| ポポカテペトル山腹の16世紀初頭の修道院 | 1994 |
サン・ミゲル・デ・アジェンデ歴史地区とアトトニルコ教会 | 2008 |
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| 古代都市ウシュマル | 1996 |
古代都市パレンケと国立公園 |
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シアン・カアンとはマヤ語で「空の始まるところ」の意味。湿地帯、珊瑚礁、カリブ海、砂漠地帯など、多様な自然環境のなかに、熱帯性の珍しい動植物が生息する。 |
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マヤ遺跡のなかでも、古典期におけるもっとも重要な遺跡とされるパレンケの神殿群。神話をイラスト化したレリーフからは、マヤ人の卓越した創造力がうかがえる。 |
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古代都市テオティワカン |
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16世紀にスペインに征服されるまで、アステカの都だったのが、現メキシコ・シティーのソカロ地区。その南方28kmの水郷ソチミルコは、当時農業で栄えた。現在では地元の人の憩いの場所となっている。 |
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1〜7世紀頃の古代都市。神殿として使われた太陽と月のピラミッド、そしてこれらをつなぐ死者の道が見どころ。滅亡から700年後、アステカ人が発見し、神々の集う場所「テオティワカン」と命名。 |
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プエブラ歴史地区 |
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植民地時代に発展したオアハカはコロニアル建築の宝庫。ここから南西約10kmのモンテ・アルバンは、オルメカ、サポテカなど、様々な種族が暮らした古代都市遺跡。 |
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メキシコ・シティーの東約100km。16世紀から発展したコロニアル都市で、壁面の青タイルが特徴。サント・ドミンゴ教会、サンタ・モニカ修道院が見どころ。 |
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古代都市チチェン・イツァ |
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18世紀には世界をリードする銀の採掘地だった。中南米地域におけるバロック建築の最高峰とされるラ・ファーニア教会、ラ・バレンシアナ教会に栄華を偲ぶ。 |
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マヤ文明最大の都市遺跡。南側は450〜700年頃、マヤ族のひとつイツァ族が築いた。11〜13世紀に築かれた北側は、マヤとトルテカ両文明の融合の産物。 |
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古代都市エル・タヒン |
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16世紀、フランシスコ修道院を囲むように形造られた町。249の歴史建造物が残る。そのほとんどが、溶岩でできたピンク色の石で造られ、昔のままの姿が現存する。 |
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メキシコ・シティーの北東200km、緑濃い森の中にある古代都市遺跡。9〜13世紀に繁栄した。壁龕(がん)のピラミッドをはじめ、球戯場、生贄を描いたレリーフが残る。 |
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サカテカス歴史地区 |
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バハ・カリフォルニア半島の中央部、ビスカイノ湾には、コククジラが繁殖と越冬のために毎冬集まる。絶滅の危機に瀕する4種の海亀の生息地でもある。 |
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16〜17世紀に銀で栄えた町。キリスト教布活動の拠点のひとつでもあったため、大聖堂など美しい教会が残る。町は谷間の斜面に位置し、眺望も素晴らしい。 |
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ポポカテペトル山腹の 16世紀初頭の修道院 |
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バハ・カリフォルニア、サンフランシスコ山脈の洞窟壁画。BC.100〜AC.1300年頃に造られた。人間、爬虫類、魚類、鳥類など壁画数の多さ、色使い、技術とも優れてる。 |
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16世紀初頭、先住民にキリスト教がもたらされ、同時に建築様式も導入された。ポポカテぺトル山腹に建つ14カ所の修道院は、当時の建築を代表するもの。 |
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ケレタロの文化財地帯 |
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700〜1000年頃に、2万5000人が暮らしたとされるマヤ時代の都市遺跡。ピラミッドと尼僧院が見どころで、壁面に彫った雨の神チャックの装飾が見事。 |
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17〜18世紀に最盛期を迎えた植民地都市。先住民とスペイン移民の平和的共存を理想に設計された。水道橋が有名だが、サンタ・ロサ教会をはじめとするバロック建築も優雅で素晴らしい。 |
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パキメの遺跡 カサス・グランデス |
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1801年に孤児や老人、身体障害者等を収容する施設として建設され、20世紀初頭、壁画の巨匠オロスコが天井に描いた「炎の人」は彼の最高傑作とされる。 |
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14〜15世紀に米国南西部とメキシコ北部の文化交流、交易の重要拠点となった場所。一部が発掘されており、北米でのレンガ建築発展の様子も分かる。 |
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ソチカルコの古代遺跡地帯 |
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16世紀半ば、スペイン人はメキシコ湾岸のトゥラコタルパンに貿易港を設けた。その恩恵で町自体も発展し、豊富な色使いと多様なスタイルの家々が建った。 |
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テオティワカン、モンテ・アルバンなどの都市崩壊後、650〜900年頃に政治、宗教、商業の中心地として栄えた。建築や芸術に文化の融合を見ることができる。 |
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カラクムルの古代マヤ都市遺跡 |
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要塞都市カンペチェには海賊の襲撃に備えるために建設された植民地時代の城門や砦の一部が今なお残されており、1999年に街並み全体が世界遺産に登録。 |
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12世紀以上も続いたマヤ文明の建築、芸術、政治などの面で、進歩を理解するのに重要な役割を果たしている。熱帯雨林の奥深くにあり、保存状態は良好。 |
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ルイス・バラガン邸とアトリエ |
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フランシスコ会が伝導活動を行う際に建てた修道院群。Conca, Jalpan, Landa de Matamoros, Tancoyol, Tilacoの5つの修道院がメインとなっている。 |
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空間の魔術師こと巨匠ルイス・バラガンが晩年を過ごした自宅兼アトリエはメキシコシティにありながら不思議な空間を作り出しています。 |
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アガベの景観とテキーラの 古代産業設備 |
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バハカリフォルニア州にある島々と保護区 |
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ハリスコ州テキーラ村はテキーラの故郷。その故郷で昔から一切変わらないテキーラ製造法とアガベの景観が世界遺産になりました。 |
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モナルカ蝶の聖域 |
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シケイロス作「民衆から大学へ、大学から民衆へ」の立体壁画もあるラテンアメリカ随一の大学が世界遺産に登録されました。 |
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毎年1月終わり〜3月初旬までカナダから4000kmかけて来るモナルカ蝶、それらが集まるミチョアカン州とメキシコ州の聖域が世界遺産に登録されました。 |
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メキシコ発展のきっかけにもなったシルバーラッシュの通過点として栄えたサン・ミゲル・デ・アジェンデ歴史地区キリスト教布教の重要ポイントだったアトトニルコ教会が登録されました。 |
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